「Blind world〜終わることのない悲しみ」

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第七話 説子〜依頼

 私は、家に帰るとすぐに自分の部屋に向かった。恭子のあの言葉が、頭から離れなかった。未だに信じられないという事もあったが、一人より二人の方が心強い事は確かだと感じてもいたからだ。しかし、恭子と言うある意味心強い仲間がいるとはいっても、たかが女子高生二人。何が出来るのかと考えると、何も浮かばない。恭子とは、これといって今後の事に付いて話さなかった。結局、私たちでは何も出来ないのかもしれない。けど、だからといってこのまま諦められない。やはりここは専門家に頼まないとだめなのだろうか・・・。お父さんが言うように、警察がだめだとするなら、やっぱり探偵にでも頼むしかないのだろうが、それには・・お金がいる。

 「ただいまぁ。説子帰ってたの?」
 午後5時を少し回った頃、説子の母は、カルチャー教室の帰りに買い物をして帰ってきた。
 説子はそんな母の声を聞いて、少し腹を立てていた。息子が行方不明になっているというのに、よくもまぁ呑気にカルチャー教室などに行っていられるものだと思い、自分の息子が心配ではないのかと疑問に感じてもいた。
 「何でみんなそうやって普通にしていられるのよ!」
 説子は、小さな声だったがしかし力強く言い放つと、だんっと机に両手を突き、勢いよく部屋を出て、母のいるキッチンへ足早に向かった。
 説子の母公子は、丁度買ってきたものを整理しているところだった。
 「何呑気な事言ってるのよ!お兄ちゃんの事心配じゃないの!」説子はリビングに入るなり、真っ赤な顔をして怒鳴った。
 公子は、何事かと目をぱちくりさせていたが、すぐに状況を把握し、下を向いて溜息をつくと、テーブルの椅子を引いた。
 「説子ここに座って」公子は、引いた椅子の背もたれの上をぽんぽんと軽くたたき、自分はその向かいの椅子に腰をおろした。
 説子は赤い顔をしながらも、少しうつむいて立っていた。自分の部屋で口にしたあの時の気持ちは変わらない。しかし、感情に任せて怒鳴ってしまったことには、少し後悔していた。『怒鳴る事』それは、母がよく言っていた『話し合いのルール』に反するからだ。
 公子は、事あるごとに良く『話し合い』をした。そして、『話し合いのルール』もその時々に説明した。親子の関係は変わらない。その点はきちんと保っていた。しかし、それと同時に自分の娘を一人の女性として接してもいた。話の内容によっては、説子には少し難しく、理解できないでいる事もあったが、それでも真剣に接している事が説子には伝わっていた。
 説子は、そんな母の姿勢を素直に受け入れる事が出来た。だから一生懸命『大人の会話』に努めた。しかし、そうすればするほどボロが出る。自分はまだ大人に成りきれていない事を思わされる瞬間でもあった。それでも母は、真剣に接してくれる。説子にはそれがうれしかった。だからなおさら『ルールに反する事』は、母を裏切っているように感じてならなかった。
 説子はテーブルの方へ静かに歩き出し、母が差し出した椅子に腰をおろした。
 「ごめんなさい」説子の口から、自然とそんな言葉が出た。
 「説子は、小さい頃からお兄ちゃん思いだったものね」公子は、微笑んでそう言った。
 説子はうつむいたまま黙っている。
 「説子はお兄ちゃんが心配?・・心配よね・・・」公子はそう言いながら席を立つと、ふたり分のコーヒーを入れ始めた。キッチンの辺りにコーヒーの香りが漂い、説子の気持ちが少しずつやわらいでいく。
 「お母さんは心配じゃないの?」説子はまだうつむいたままでそう言った。
 公子は、黙ってコーヒーをカップに注いでいる。説子も黙ってうつむいたままだ。キッチンの窓からはオレンジ色の夕日が差し込んで、遠くから子供の遊び声が聞こえてくる。それが一時の静寂を後押しするように演出していた。間もなくして、説子の前にコーヒーが運ばれてきた。コーヒーの香りが、より一層強く漂う。公子は静かに腰を下ろすと、カップに口をつける。説子はまだうつむいている。
 「説子。コーヒー冷めちゃうわよ」公子は、やさしく声を掛けた。そしてまたカップに口をつける。
 「お母さんは心配じゃないの?」説子はまた同じことを聞く。今の説子にはその事だけが気掛かりで、その事しか考えられなかった。公子もその事に気が付いていた。
 「お父さんね、ああは言っても一番心配しているんじゃないかしら。実はね、お父さんは興信所の人にお願いしていたの。けど、調査の途中で断られるの。ついこの間も断りの電話があったのよ。これで3回目・・・」公子はそう言うと、カップを握り締め、揺れるコーヒーを見つめていた。
 「お母さんは心配じゃないの?」説子は顔を上げて、もう一度聞いた。
 「説子・・子供の事が心配じゃない親なんていないのよ」公子は、静かにそう言った。手にしていたカップにひとつまたひとつと青い雫が落ちていく。それがカップの中で青い波紋をつくっていた。
 その青い波紋が、説子の胸にまるで漣のように押し寄せてくる。説子は居たたまれなかった。
 「ごめんなさい」そう言った説子の瞳も何時しか潤んでいた。
 その時公子が、説子の手をやさしく包み込む。
 「良いのよ、気にしないで。あなたがそう言いたくなる気持ちもわかるわ」
 「ごめんなさい・・けど、あたしどうしても諦められなくて・・・」
 説子は必死で込み上げてくる気持ちをこらえていた。
 「説子、ちょっと頼みがあるんだけどいいかな」公子は、そう言うと席を立ち、説子の手を取ってリビングに向かった。
 公子は、サイドボードの前に屈むと、引き出しから預金通帳を取り出して、説子に渡した。
 「説子、これねお母さんのへそくり。大した額じゃないけど、これでお兄ちゃん探ししてくれないかな。あなたならきっと見つけ出せるわ。だって、あなたはお兄ちゃん思いの妹なんだから」公子は、そう言って微笑んで見せた。
 「・・・おかあさん!」説子は泣きながら母に抱きついた。公子も、そんな娘をいとおしく抱いた。

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