涙の車窓

もうあの人が見えなくなった車窓を僕は見つめ続けた。
景色が流れるように通り過ぎていく・・・。
僕はタバコに火を付けた。
大きく吸い込み・・・、
そして・・・、
吐いた・・・。

―――――――――――――――――――――――――

「A湖へ行こうよ」
「わァ〜、嬉しいわ」
昨日こんな会話を交わし、僕らはレンタカーでその湖へ向かっていた。

僕は翼。 いや詩を書いてるんじゃない。 これが僕の本名だ。
僕の隣に座っているのは由紀子。僕の恋人だ。

僕はアルバイトで車の運転は良くしていたので、運転には自信が有った。
由紀子はそんな僕の運転を信用しているようだった。

僕は由紀子の手を握りながら運転をしていた。
残念な事に貧乏学生にはカーナビの付いた車はきつかった。
だからカーナビの無い車をレンタルしたのだった。

だから昨日から地図は良く見ておいた筈だった。
ここまで道を迷うことも無かった。

僕らは、いろいろな事を話ながらドライブを楽しんでいた。
由紀子は、はしゃいでいろいろな事を話し掛けてきた。

「由紀子、この辺から登って行けば、湖へ行けるんだよ」
僕は由紀子に言った。
もう山道で道が曲がりくねっている。

「そう、あっ、あそこじゃない?」
由紀子が指を指した。

アスファルトで舗装された道路の先に山へ向かっていそうな道が見えた。
「そうかなぁ?
 ちょっと地図で調べようよ」
「いいじゃん、あの道へ行こうよ」
「だって、・・・」
「いいのよ」

由紀子の強引な言い方に僕は地図を確かめずにその側道へ入った。
その道もアスファルトで舗装されていて、快適ではあった。
この山を越えればその湖だというのは分かっていた。

しかし一台も車とすれ違う事もなかったのだ。
30分以上も僕らはその道を走っていた。

「間違えたかなぁ?」
僕は呟いた。
道はまだまだ登りが続いている。

「大丈夫よ、きっと・・・」
由紀子の声も心なしか小さくなっていた。

僕はしばらくして車を止めた。
「由紀子・・・」
「うん?」

僕は由紀子を抱きしめた。
「何よ、急に・・・」
由紀子は、そう言いながらも僕を抱きしめてきた・・・。

僕らは、長い長いキスをした。
まるで不安を拭い去るように・・・。

「行こっか?」
「うん・・」
長い長いキスの後、僕は由紀子に言った。
由紀子も頷く・・・。

僕は再び車を走り出した。
未だに一台の車ともすれ違わない・・・。

やがて道は下り始めた・・・。
「やっぱり間違えたんだなぁ・・」
「そうね、ごめんなさい」
「いいさ、俺は由紀子と一緒にいればどこだって嬉しいんだから・・・」
僕は笑って由紀子に言った。

由紀子は僕の手を強く握り締めてきた。
その道が終わりに近づいた時だった。

目の前に広い道路が見えて来たのだった。
僕は、スピードを緩め、ゆっくりとその道に近づいた。

「○○号だ」
僕は思わず呟いた。
ラブホテルがずらりと並んでいる・・・。

「どっかで休もうか?」
僕は知らない道を走ったのでちょっと疲れてもいた。
由紀子は黙って頷く・・・。

僕はそのずらりと並んでいるラブホテルの一つに入った。
そんなつもりでは無かった。
そんなつもりは全然無かった・・・。


「一緒にお風呂入ろうよ〜!」
由紀子が言った。
「うん」
僕も応えた。

「あたし一緒にお風呂入るの好きなの」
風呂から出て由紀子はそう言った。

僕はただ微笑んだ・・・。

「翼」
「うん?」
「あたしあなたに言わなければいけないことがあるの」
「な〜に?」
「あたし、宮城へ帰るの」
「えっ?」
「ごめん。今日まで黙っていて・・・」
「いつ?」
「明日なの・・・」
「えっ?」
「ごめんなさい・・・」

僕は驚いた。
しかし、真剣な由紀子の瞳はそれが事実だと物語っていたのだ。


仙台から北へ少し行った所に由紀子に実家があった。
僕は仙台駅まで由紀子を送った。

僕らはもう何も話さなかった。
沈黙の中で僕は由紀子の手を握り締めていた・・・。

家まで送る勇気は無かった。
僕は何も聞かなかった。
聞くのが怖かった。

由紀子が僕を愛してくれていたと自信はあった。
しかし、由紀子の決心を僕は悟ったのだった。
僕では駄目だと・・・。

恋人には、いいけど夫としては、駄目だと・・・。
由紀子の苦悩を僕では解決できないと・・・。

僕はそれを否定出来ないのだ。
貧乏学生の僕に何が出来るんだ!?

僕は仙台駅で由紀子に見送られる・・・。
東京行きの新幹線が来た。

「翼。 愛しているわ、今でも・・・」
由紀子が言った。
そんな由紀子に僕は何も言えなかった。

僕だって・・・、しかし言ってはいけないと僕は言葉を押しつぶした。

僕は新幹線に乗った。
由紀子が泣きながら微笑み、手を振る・・・・。

僕もドアのそばで手を振る・・・。
悔しさに由紀子には見えない手を握り締めて・・・。
新幹線は、駅を離れ進み、由紀子の姿も見えなくなる・・・。

僕は席に座った。

―――――――――――――――――――――――――

もうあの人が見えなくなった車窓を僕は見つめ続けた。
景色が流れるように通り過ぎていく・・・。
僕はタバコに火を付けた。
大きく吸い込み・・・、
そして・・・、
吐いた・・・。

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