「池上線」

 あの日、あなたはわたしを送ってくれると言ったわね。
 五反田からわたし達は池上線に乗ったわ。
 ドアのそばにわたし達は並んで立っていたのに…。

 もうわたし達には話す言葉さえ無かったのね。
「今どこだっけ?」
 わたしはあなたに聞いたわ。
「ごめんね」
 あなたはそう答えた。
 わたしには返す言葉さえ見つからない…。

 もう夜も更けている…。

「池上だ」
 あなたはそう言ったわ。

 わたし達は電車を降り商店街を通り、わたしの部屋へと歩いたわよね。

「もう、いいのよ」
 わたしはあなたに言ったわ。
「ああ…」
 あなたはつらそうにそう言う。
「待っているわ」
 そうよ、いつまでもあなたを待つわとわたしは心の中で呟いていたのよ。

 その時あなたはわたしを抱きしめる。
 あぁ、あなたの腕の中に抱かれる事も、もう今日かぎり。
 あなたの胸の温もりと安らぎもこれでおしまい…。

「やめて、つらくなるから…」
 あなたの腕の中で、わたしはささやく…。

 あなたは、わたしを抱く腕を放した。
「じゃ帰るよ」
「うん」

 あなたは、わたしに背を向けて駅に向かう。
 わたしは、あなたの後姿を見つめる。

 泣きたくなんてなかったわ。
 でも自然に涙が出てくる。
 わたしはあなたの背中を見つめてたたずんでいた…。

 わたしには分かっていたの。
 あなたがここに来ることは二度とないって…。

 あなたの姿が小さくなって、…そして消えた…。
 わたしは涙を拭くことさえせずに、たたずみ続けたの…。

 そして明日からもわたしは池上線に乗る。
 だけど、もう一人だけで……。

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