「Blind world〜終わることのない悲しみ」

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第五話 哲人〜faculty

 あれから3日経つ。体の方もほぼ順調に動く様になった。だが、如何いう訳か目の前が照準器を覗いた様になる事がある。そして何よりも記憶が戻らない。如何も4ヶ月程前からの記憶が飛んでしまっている様だ。
 (やはり、あの男が置いて行ったCDを聴いた方が良さそうだ。)

 男はデスクの上に置いてあるCDを手に取ると、少しの間それを見つめていた。男は躊躇うかの様に長い溜息を吐くと、それを端末機に入れた。
 「AVシステム作動」男の声と共に部屋の片隅に在ったAV機器が作動する。
 「CDを再生」男はタバコを口に咥え、それに火を点けた。ちりちりと音を立てながら、タバコの先が赤く燃える。男はその煙を深々と吸い込み、静かにそれを吐き出す。間もなくして、あの時の男の声がスピーカーから聞こえてきた。
 「気分は如何かな。まあ、これを聞いているという事は、動ける様にはなった訳だ。・・結構。で、君は未だ自分の身に何が起きているのか解らないで苦しんでいると思う。そこで、これから君の事に付いて説明して置こう。君は3ヶ月前、ある事件に巻き込まれて命を落としかけた。そんな君は、我々の手で一命を取り止めたという訳だ。多分、君の記憶は4ヶ月前から途切れている筈だ。それだけではない。君の親族、そしてそれに関連する事は全て消去した。それは、これからの君にとって障害になるからだ。それらの記憶は、君にとって必要ない。君にとって必要なのは、目標を持ち、その為の目的と手段を見出す事だ。今の君には、『縁故』等と言うものは足手纏いになるだけだ。君は飽くまで『自由』でなくてはならない。そう、君は限り無く『絶対的な自由』という存在である必要性があるのだ。しかし、それは飽くまでも『理想』であって、君がこの社会に存続する為には、多少妥協しなければならないだろう。だが、『理想』に近づける事が出来たらそれに越した事は無い。因って、我々は君の記憶の中から、余計な柵を取り除いたという訳だ。勝手な事をと思うかも知れないが、この事は了承して貰いたい。これも偏に君の為だ。次に、君の身体についてだが、視覚に何か問題は無いだろうか。多分、照準器の様なものが、時折見える事があるかも知れない。それは、君の脳に埋め込まれた装置の機能に因るものだ。君が事故に遭った事は前にも述べたが、その際に我々は君の身体をほぼ回復させる事が出来た。しかし、脳だけは別だ。君の脳細胞の一部が破壊されていた。我々の技術では、脳細胞を修復する事は出来ない。そこで、ある装置を埋め込む事にした。そして我々はそれに成功した。別に心配しなくても良い。逆に喜ぶべきだろう。その装置はかなりの優れものだ。主に3つの機能が備わっている。1つはインターネットシステムだ。有りと有らゆるものとのアクセスが可能だ。この社会は、有らゆるものが電子制御されている。コンピュータに支配されていると言っても大袈裟ではない。君はその装置を使い、この社会を自分の一部にする事が出来る訳だ。具体的な事は説明しなくとも、君なら想像は付くだろう。如何使うかは君の自由だ。我々としても君に委ねる他は無い。2つ目は、スキャンシステムだ。これも、有りと有らゆるものをスキャンする。箱の中身は勿論、ビルの中に居る者の動きも見える。まぁ、その他にも色々とスキャン出来るが、その辺は君の理性に任せよう。そして3つ目だが、これがこの装置の一番重要なものでもあり、君にとっても大事な機能になる筈だ。その機能とは『特異波動感知システム』と言うものだ。この社会には様々な人間がいる訳だが、中には特殊な能力を持つ者もいる。我々の調べでは、彼らはある特種な波動を出している事が解った。このシステムはそれを感知する訳だ。何故それが君にとって大事なものなのか。それは君がこれからこの社会で生きて行く時、彼等の中に君の存在が邪魔だと感じる者が出て来るからだ。それは間違いない。何故なら君や我々に『正義』というものがある様に、彼等にもまた『正義』があるからだ。このシステムは君の身を守るために使用して貰いたい。君の身の安全は、我々にとっても気掛かりの一つになっている訳だ。  以上が君に関する情報だ。何か解らない事があったら、君の持つ能力で調べたまえ。大概の事は調べられる。それともう一つ、デスクの引き出しに1丁の銃を用意しておいた。その銃は、君の精神エネルギーを増幅させる機能を持っている。君以外の者は使用出来ない。攻撃対象となるのは、先程も言った特異波動を持つ者のみだ。それ以外の者には無効となる。
 これで私からは以上だ。尚、今後の君の言動について、我々は一切関知しないのでそのつもりでいて欲しい。このCDは自動的に消滅する。』
 デスクの上の端末機から白い煙が立ち昇る。
 「やれやれ、随分と身勝手な奴らだ」男はそう言うと、短くなったタバコを揉み消した。そして、視線を窓の外に移す。変わり映えのしない何時もの風景である。男は溜息をつき、窓越しに通りを行き交う人々に目を向けた。
 (システム作動・・ターゲット探査・・・ターゲット捕捉・・ターゲットデータ検索・・氏名・・田沢愛美・・年齢・・23歳・・住所・・・)
 男はまるで平静さを装うかのように、何一つ表情を変えずに向き直ると、またタバコを咥えて火を点ける。(ターゲット捕捉解除・・)

 俺の体はどうなってしまったんだ。これじゃまるでロボットだな。もう俺は人間ではないのか。いや、あの男の話では、俺の体は元通りになっている。ただ、俺の頭の中に特別な装置が入っていて、そのお陰と言って良いのか、特殊な能力を身に付けたという事だ。体はまともだが、その能力は・・・まぁ早い話、俺は化け物だという訳か。

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