「Blind world〜終わることのない悲しみ」

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第九話 哲人〜操り人形と白い杖

 俺は半信半疑のまま、デスクの引き出しに手を掛け、静かにそれを開ける。
 中には彼の言っていたウエポンと、その隣りに封筒が置いてあった。俺はまず、そのウエポンを手に取った。
 (これが彼の言っていたものか・・・。)それをそのままデスクの上に置くと、次に封筒を手にした。中には手紙が入っている。俺はそれを取り出すと、開いて読んだ。

 『君の名前をまだ伝えていなかったので、ここに書き留めておく。君の名前は北条哲人(ホウジョウアキト)だ。君のあらゆるデータは、この名前で登録されている。もちろん、元の君の名前とは違う。まぁもとの名前を調べるのは構わないが、あまり意味はないだろう。
 今後の君の行動についてだが、君は君の信じるままに行動すればいい。安心して行動したまえ。健闘を祈る。』

 (俺の信じるままにか・・。随分と無責任な奴らだ。好きにしろとでも言いたいのか。まぁ、言われなくともそうさせてもらうがね。)
 俺は探偵をやっていた。そのための知識と経験は一通り身に付けている。今更転職するつもりは無かった。とりあえずパソコンを立ち上げて、依頼人のデータを見る事にした。
 「・・・・・!?」
 そこにあったデータが全て消去されている。多分、奴らの仕業だ。一から始めろという事なのだろう。
 「・・という事は、客待ちという事か」俺は改めて『北条哲人』という新しい人生を、ここから歩み始めるのだと実感する事となった。
 探偵業というのは、依頼人が来て始めて成り立つ仕事だ。俺は暖かい陽気の中、それまで昼寝でもする事にした。

 目が覚めると、部屋の中はいつの間にか暗くなっていた。時計を見ると、PM6:00を少し過ぎていた。この時間では、もう依頼人も来ないだろう。俺は酒でも飲もうかと外へ出た。

 俺の事務所はネオン街の中にある。却ってこの方が都合が良かった。この辺は昼間になるとあまり人が歩いていない。人に見られる事も無く、この事務所に入れるという訳だ。しかし、夜ともなるとまるで別世界だ。酒や女を求めて人々が集まってくる。中には、別な快楽を求めに来る者もいる。そして彼らを餌にする奴らも・・・。
 俺は行きつけの店に行く事にした。ここから歩いて10分位の所にその店はある。人込みの中を、俺は見物するかのように歩いた。この辺は店の出入りが頻繁で、ポン引き達もころころ変わる。もう、昔の俺を知っている奴はいないだろう。2・3人声を掛けて来たが、俺は頭を横に振り、彼らを交わして行くだけだった。裏路地に入ると、人はめっきり少なくなる。その分怪しい奴らが増えてくる。周りの人達も彼らに気付いてはいる様だが、見て見ぬ振りをしているようだ。要は、変な事に関わりたくは無いだけなのだろう。細い路地からは、交渉しているような会話も聞こえてくる。
 「ねぇ、いつものゆずってよぉ」
 「・・金はあるのか」
 「あるよ・・ほら!」
 「・・それだけか。じゃぁ、1本だけだな」
 「・・1本?この間は2本だったじゃない!」
 「・・フッ、この間はこの間さ。今日から値上がったんだ。もっと欲しけりゃ金を持ってこい。分かったな」
 あの声から判断して、多分、客は若い女の子だろう。最近では、あんな子供を相手にしているのか。・・世も末だという奴もいるが、強ち否定も出来ない。
 俺はそんな事を思いながら角を左に曲がった。その時だった。突然人影が俺の前に現れた。俺は危うくぶつかりそうになるところを、何とか交わし振り返る。見ると、女子高生と思しき少女がそこにいた。制服と思われる服を着ている事から、そう察する事が出来た。その少女はふらついているらしく、そのままヨロヨロと壁に凭れ掛かる。そして、彼女の瞳は俺の方を見つめていた。その瞳は虚ろで、顔は青褪めていた。全身は微妙に震えていて、少しやつれている様にも見える。少女は微かに笑みを浮かべると、震える手を、ゆっくり俺の方へ伸ばし、ふらつきながらも歩み寄ってくる。俺はそんな少女の動向を、ただ見つめていた。
 「・・ね・・ねぇ、お兄さん・・。ミルク分けてくれない?・・少しでいいからさ。・・お金なら持ってるよ。だから・・少しでいいから・・・」少女はそう言いながらポケットに手を入れると、その手を俺の前に差し出した。手の中には、札やらコインやらが無造作に握られている。そして多分、愛想笑いでもしているであろうその笑みは、まるで飼い猫が餌を強請っている様で、そこへ、病的さが加わった何とも言えない表情が、滑稽でもあり、哀れでもあった。
 「悪いな。俺は牛乳屋じゃない。そんなにミルクが欲しかったら、ママのおっぱいでも強請るんだな」俺はそんな少女が差し出した手を、拒否する様に押し戻す。少女は、その手を再び俺の前に差し出したが、何の反応も示さない事に気がついたらしく、徐々にその表情が変わっていくのがわかった。そこには、不安と絶望が混沌としているように窺えた。少女はそのまま俺に背を向けると、表通りに向かって歩き出した。手に握られていた金が、1つまた1つと落ちていく。俺はそんな少女を暫く見つめていた。
 少女は、表通りへ出ると、行き先を見失ったかのように立ち止まる。そこへ酔った男がぶつかってきて、そのまま立ち去る。少女はよろけながらその場に倒れ込んだ。
 「やれやれだ」俺がそう言って少女に歩み寄ろうとした時だった。システムが作動した。
 (システム作動・・探査開始・・)俺は足を止めた。
 (まさかあの子が・・いや違う。それならもっと早く感知してもいいはずだ。・・じゃぁ誰だ。・・何処にいる)俺は辺りを見回したが、補足出来ない。少女の方へ歩きながらターゲットを探す。その時だった。
 (ターゲット捕捉・・)俺は照準器を中央へ寄せる。
 (ターゲット検索・・氏名・・愛内里奈・・年齢・・21歳・・)ターゲットのデータが次々と検索されていく。
 彼女は、その小さな体には不釣合いな大き目の黒いコートを羽織っていた。目が不自由なのか、手には白い杖を持っていて、その杖をつきながら歩いている。しかし、その歩き方には何の迷いも無いかのようで、何処となく不自然にも感じられた。
 その彼女の歩いている先には、あの少女がいる。と言うよりは、彼女が少女の方へ歩み寄っている様に見える。
 白い杖が少女の体に触れる。彼女はその場にスッとしゃがむと、その手で少女の顔に触れて、何か話し掛けている様だった。俺は一旦足を止め、その光景を見つめた。彼女は、少女の体を起こし、その腕を肩にまわすと、何の躊躇いも無く立ち上がった。それは、あまりにも女性とは思えない素振りで、とても不自然でいて、俺の好奇心を揺さぶるには充分なものだった。
 彼女は、力なくぶら下がるようにしている少女を抱えて歩き出した。
 「・・おい!」俺は慌てて二人を追った。
 表通りに出て、二人の行った先を見る。そこには二人の姿は無い。急いで走り出そうとしたが、システムがOFFになっている事に気付いた。・・・消えた。少なくとも半径500m以内にはいない。
 「随分と足の速い子だな。オリンピック選手になれる。・・・愛内里奈。少し調べた方が良さそうだ」俺はそのまま事務所に戻り、一人で酒を飲む事にした。

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