「Blind world〜終わることのない悲しみ」

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第十二話 広田〜挫折

署内少年課のオフィス

 広田は、上層部に提出する書類を書き終え、サインと印を押し終えた。この捜査は、広田の勝手の願いで、上層部の許可を得て進められていた。あれから5年になる。まだこれといった成果を挙げられないまま、今日に至っている。広田は5年前の事を思い出していた。あの情熱の塊のような男の事を。広田は彼のその熱意に魅せられ、特捜部の設置を上層部に掛け合ったのだった。その許可が下りた矢先に、彼・・奥山篤は、謎の死を遂げた。広田にとって、彼の死は大きかった。彼の死を無駄にしたくはない、そんな強い思いが特捜部をここまで支えていた。しかし、特捜部が廃止されるのも時間の問題だった。しかも、この件には麻薬が絡んでいたため、麻薬捜査班と共同で進められており、本来なら麻薬捜査班が指揮を執るところを、広田の願いで少年課が指揮を執っていた。そのため、麻薬捜査班はあまり協力的ではなく、それが少年課の足を引っ張る形となっていた。
 広田は、手にした報告書を見つめ、大きくため息をつく。その内容はいつものものと変わり映えしないものだったが、唯一違う点は、この指揮権を麻薬捜査班に移行する提案文が書き添えてある事だった。その報告書をデスクの上に置くと、オフィス内を一望する。そこには、通常勤務に携わっている者が数名いるだけで、他の者は誰もいなかった。特捜部のメンバーも皆出掛けていた。彼らは広田の気持ちを理解している様で、特捜部が設置された時、自ら志願した者達ばかりだった。広田の表情は一見穏やかに見えたが、その強く握り締められた拳は、微かに震えていた。メンバー一人一人の誠意ある行動が、まるで過去の思い出の様に思い出される。特に沖田尽の直向さは、広田にとって印象深いものだった。彼は広田の考えに共鳴していると言うより、奥山に魅せられた一人だった。広田以上に奥山を知っていた。当時、奥山と組んでいたのが彼だったからだ。広田は悔しい思いでいっぱいだった。行動したものの、何も成し得ていない自分に腹が立った。(奥山・・お前ならどうする・・・俺はどうしたらいいんだ)広田はそんな言葉を、心の中で何度も繰り返していた。そんな時だった。メンバーの一人が帰ってきた。沖田だった。彼はそのまま広田の前へ来る。
 「どうだった」
 広田は沖田に聞いた。
 「これといった情報は得られませんでした」
 彼の表情からは、疲労の色がありありと出ていた。無理もなかった。彼はここ2週間の間、ほとんど家に帰っていない。家には着替えを取りに行く程度で、風呂も近くのサウナを利用しているようだった。
 「そうか・・残念だったな。まぁ、こんな状況じゃ仕方ないだろう。それより、報告書を書いたら、今日は家に帰ったらどうだ。後の事は、遅番のメンバーに任せればいいだろう」
 彼はあまり納得していない様子だった。
 「しかし、今が一番大事な時期ですし・・・」
 (彼の言いたい事はわかる。しかし、今彼に倒れられては・・奥山に顔向けが出来ん)
 広田にはそんな思いがあった。
 「そんな事は心配しなくてもいい。他のメンバーだってちゃんとやれるさ。俺もこの報告書を出したら家に帰るつもりだ」
 沖田は、デスクの上にある報告書に目をやった。次第に顔つきが変わる。
 「課長。この報告書、本当に出すつもりですか。そんな事をしたら、課長の言っていた言葉が嘘になる」
 沖田の言っている事は正しかった。奥山の意志を尊重する。それが合言葉のようになっていた。奥山はいつも言っていた。『子供達の気持ちを大事にしなければ、何も解決はしない』と。指揮権を麻薬捜査班に移行すれば、あの子供達は単なる犯罪者として扱われてしまう。それだけは避けたい。しかし、このままでは・・・。そんな気持ちが、広田の心を苦しめていた。広田は、その報告書を鷲掴みすると、そのままゴミ箱へ投げ入れた。
 「すまん、俺が間違っていた。また、改めて書き直す事にしよう」
 広田は苦笑しながらそう言って、沖田の顔を見た。彼の顔は、安堵感で満ちていた。
 「じゃぁ私も、報告書を書いたら帰ります」
 「ああ、そうしてくれ」
 そうだ。これでいいんだ。これで・・・。広田は、心の中でそう呟いた。

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